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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)3237号 判決

原告

名古屋電材株式会社

右代表者代表取締役

野原重信

右訴訟代理人弁護士

鮎澤多俊

被告

角野昭一

右訴訟代理人弁護士

安藤公爾

主文

一  被告は原告に対し、金一八五〇万二四七四円及びこれに対する昭和五八年一月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者の地位)

原告は電気工事材料の卸販売を業とする株式会社、訴外山手電気工芸株式会社(以下「訴外会社」という。)は電気工事請負等を業とする株式会社、訴外角野賢司(以下「訴外賢司」という。)は訴外会社の代表取締役の任にあつた者、被告は訴外賢司の兄で訴外会社の取締役の任にあつた者である。

2  原告は訴外会社との間で昭和五二年四月初旬、原告を売主として原告の取扱商品全般の継続的販売契約を締結し、「代金は毎月二〇日締めとし、翌月二〇日に一三〇日後満期の訴外会社振出しの約束手形により支払い、契約当事者の一方に仮差押えを受ける等の事情が発生したときは期限の利益を喪失する」と定め爾来、電線・パイプ・照明器具等の電気工事材料を売り掛け、昭和五六年五月二一日から同年一〇月二〇日までの間の右各商品の売掛代金債権金二〇六〇万八三八六円を有していた。

3  (訴外会社の倒産)

訴外会社はその代表取締役である訴外賢司の経営指揮の下、昭和五六年一〇月ころまで業務の電気工事請負業をなし、順調な業績で推移していた。ところが昭和五六年一〇月二四日ころ、経営責任者である訴外賢司が突然その住所地(名古屋市名東区猪高町大字猪子石字山手一二番地)に妻子を残したまま失踪し、加えて同訴外人は右に際し、訴外会社の代表者印・銀行印・売掛元帳等の業務に関する帳簿類一切を持ち出してしまつた。そのため訴外会社は突如として営業続行が不可能となり、またそれまでの取引先の信用を失つてしまつたため、昭和五六年一一月三〇日、手形の不渡りを出して倒産し、昭和五七年三月一八日にはついに名古屋地方裁判所において、昭和五七年(フ)第一七号破産事件により、破産宣告を受けるに至つた。

4  (被告の責任)

(一) 被告は訴外会社の取締役として、平常訴外会社の業務が適正に遂行されるよう監視監督し、右のごとき訴外賢司の失踪といつた事態が発生しないようこれを未然に防止すべき義務があり、また不幸にしてこのような事態が発生した場合には、その事態のより以上の悪化によつて訴外会社が倒産することのないよう万全の措置を講ずべき義務がある。

(二) しかるに被告はこれらの義務を全く怠り、訴外会社の代表取締役である訴外賢司の前記失踪を許したばかりか、その失踪後も原告ら債権者が訴外会社を存続させるべく、八方手を尽くして関係者の協力を取りつけ、被告に対し訴外賢司を呼び戻す等訴外会社存続のための協力を求めたのにこれを一切拒絶し、このまま放置すれば訴外会社が倒産することを認識しながら訴外会社存続のための行動を何ら取ろうとしなかつた。

(三) 訴外会社の倒産は、右のような被告の取締役としての義務懈怠により発生したものである。

5  (原告の損害)

原告は訴外会社の倒産、破産により以下に述べるごとく金一八五〇万二四七四円の損害を被つた。

(一) 前記の如く訴外賢司が失踪し訴外会社の経営が危ぶまれる状態となつたため、原告はやむをえず前記訴外会社に対する売掛代金債権を保全するため名古屋地方裁判所に対し昭和五六年一〇月三〇日、訴外会社を債務者、訴外中央電気工事株式会社(以下「訴外中央電気」という。)及び同瀬戸信用金庫(以下「訴外瀬戸信用金庫」という。)を第三債務者とする債権仮差押命令の申立をなし、昭和五六年(ヨ)第一七一一号債権仮差押請求事件として同日同庁より債権仮差押命令を得、これにより訴外会社は原告に対し、前記継続的販売契約の期限の利益喪失約定に基づき前記売掛代金債務について期限の利益を喪失した。

(二) 他方、訴外会社はそれまで一応順調な経営状態で推移してきたのであるから、もし訴外賢司の失踪等の事情がなく訴外会社のそれまでの経営状態が継続したのであれば、原告は同訴外会社より前記売掛代金の回収をなしえたであろうところ、前記の如く訴外会社が倒産したことにより、原告はその売掛代金を正常に回収することは不可能となり、結局右売掛代金の弁済としては前記訴外会社の破産事件により昭和五八年一月二六日に配当として金三六四万〇五三〇円を受領するにとどまり、訴外会社からのその余の残代金の回収は不可能となつた。

(三) よつて原告は右配当金を、まず原告の訴外会社に対する売掛代金二〇六〇万八三八六円について期限の利益喪失の翌日たる昭和五六年一〇月三一日から右配当期日たる同五八年一月二六日までの間の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金一五三万四六一八円に充当し、残金二一〇万五九一二円を右売掛代金元本に充当すると売掛代金残高は金一八五〇万二四七四円となり、右が訴外会社の破産により原告が被つた損害である。

以上により、原告は被告に対し、商法二六六条の三に定める取締役の第三者に対する損害賠償責任を根拠として、回収不能となつた右売掛金債権残金一八五〇万二四七四円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五八年一月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告が電気工事材料の卸販売を業とすることは不知、その余は認める。

2  請求原因2は不知。

3  請求原因3の事実中、訴外会社が昭和五六年一〇月まで業績が順調であつたこと、訴外賢司が行方不明となつたこと、訴外会社が昭和五六年一一月三〇日手形の不渡りを出したこと、同五七年三月一八日に名古屋地方裁判所において破産宣告を受けるに至つたことは認め、訴外賢司が行方不明となる時、代表者印・銀行印を持出したことは不知、その余は否認する。

4  請求原因4については、(一)は争う。(二)は被告が訴外会社存続のための行動を何ら取らなかつたとの主張は否認し、その余は争う。(三)は争う。

5  請求原因5の事実中、(一)については原告が仮差押をなしたことは認め、その余は不知 (二)、(三)についてはすべて不知。

三  被告の主張

1  訴外会社の本件倒産は原告らの謀議によつて引き起こされたもので被告らに責任はない。すなわち、訴外賢司は昭和五六年一〇月ころ、妻の訴外角野美代子との不和等から単に一時その身を隠したが、訴外会社の当時の業績は順調なものであつたから仮に訴外賢司が一時身を隠しても一向に差し支えはなかつた。

しかるに原告、訴外日本車輌製造株式会社(以下「訴外日本車輌」という。)常務の訴外高橋宏(以下「訴外高橋」という。)等は右事態に際し、共謀のうえ原告の訴外会社に対する売掛金の回収を強行することとし、訴外賢司の家庭内紛議につけ込み、訴外美代子をして訴外会社の帳簿類を持ち出させ、昭和五六年一〇月二九日訴外高橋において訴外会社に対する発注先に訴外賢司の失踪を言い触らし訴外会社の信用を失墜させ、原告において同月三〇日、訴外会社の売掛金・銀行預金を仮差押するなどし、被告が原告に対し右仮差押を解くよう申し入れた際もこれに全く応じようとしなかつたのである。

訴外会社が倒産したのはこのような原告らの共謀行為により事業の継続が不可能となつたからであり、被告が原告に対し訴外会社の倒産につき責任を負うべきいわれは全くない。

2  仮にしからずとするも

(一) 訴外会社は昭和四五年一月二八日、資本金を二八〇万円として設立された株式会社であるところ、訴外賢司が設立以来代表取締役社長の地位にあり実質上ワンマンで経営していた個人会社である。被告は、右訴外賢司より要請されて名義を貸して取締役の地位についたものの、右の訴外会社設立にあたり一切出資をしていないし、また訴外会社の経営に参加したこともなければ、訴外会社から取締役招集あるいは株主総会開催の通知を受けたことも、これらに出席したこともなく、更に一円たりとも役員報酬を受け取つたこともないのであつて、結局訴外会社の取締役とはいうものの、全くの名目的・形式上の取締役にすぎない。

(二) そしてこのような名目的取締役である被告については訴外会社の業務についての監視義務あるいは代表取締役の失踪といつた事態に際し会社を存続させるべく万全の措置を講ずべき義務があつたものということはできないから、原告の主張は失当である。

(三) 仮にしからずとするも、被告は訴外会社の経営につきその代表取締役である訴外賢司に対し事実上影響力を有していなかつたし、又自ら訴外会社の職種とは全く異なる内容を業とする会社の代表取締役をしており、ただちに被告自身が訴外会社の仕事に当りその事業を継続することはできなかつた。

四  被告の主張に対する認否

1  右主張1の事実は否認する。

2  同2については、(一)は訴外会社が実質的には訴外賢司の個人会社であつたことは認め、その余は不知。(二)、(三)はいずれも争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実中、原告が電気工事材料の卸販売を業とするものであることは、原告代表者本人尋問(第一回)の結果により認めることができ、その余の事実は当事者間に争いがない。また〈証拠〉によれば、請求原因2の事実(原告の訴外会社に対する売掛代金債権金二〇六〇万円余の存在)を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二当事者間に争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると以下の事実を認めることができる。

1  訴外会社は昭和四五年一月二八日、電気工事請負業を目的とし、資本金二八〇万円で設立された株式会社であるが、前記のように代表取締役に訴外賢司が就任しているほか取締役にその実兄である被告及び訴外賢司の妻美代子が、監査役に被告の妻照がそれぞれ就任しているいわゆる同族会社であり、会社設立以来訴外賢司が代表取締役として営業、設計、見積り、経理などの一切を担当し、他の従業員として訴外賢司の弟の訴外完治、同じく息子の訴外文男、訴外大蔵他パートの一名がおり、右訴外完治、訴外文男、訴外大蔵の三名が現場での工事に当り、パートの一名が訴外会社の経理事務を担当するといつた体制であつた。

2  訴外会社は訴外賢司の経営指揮の下、昭和五六年一〇月ころは、原告を中心とする電材会社から材料を仕入れ、訴外日本車輌、同東海電気工業株式会社(以下「東海電気」という。)、同中央電気などの発注を受け電気工事の請負をなし、その経営は順調な業績で推移していた。

3  ところが、訴外賢司は妻美代子と不仲となり離婚話しがこじれ美代子の身内のものから多額の慰謝料を請求されて困惑し、遅くとも昭和五六年一〇月二四日ころには、突如として訴外会社の帳簿類を持つたまま所在をくらまし、原告代表者らが連絡を取ろうとしても後記のように訴外賢司の方から一方的に連絡したり姿を現わしたりするほかは、できなくなつた。訴外会社の従業員である訴外完治らは、当時施行中の請負工事をまだそのまま継続していたが、訴外賢司の失踪以来右工事以外の営業活動は一切停止することとなり、その事業継続維持については危機的状況を迎えるに至つていた。

4  右事態に際し、原告は、訴外会社の倒産、それによる売掛金の回収不能といつた事態を回避すべく、訴外賢司の行方を探り、訴外完治に訴外会社の事業の継続を依頼するなど全力を尽くしたがその目途が立たず、そのため訴外会社の手形決済日(毎日末日)直前である昭和五六年一〇月三〇日当時訴外会社が訴外中央電気(内金一〇〇〇万円)に対し有していた請負代金債権及び訴外瀬戸信用金庫の訴外会社名義の預金債権(内金五〇〇万円)の仮差押手続をなした。

5  他方被告は自ら訴外株式会社中京美術工芸製作所の代表取締役の地位にあるとともに訴外会社の設立以来、その取締役の地位にあつたが、訴外会社との関係では、その取引銀行の訴外瀬戸信用金庫の保証人となつていたことから時折訴外会社の財産状態について訴外賢司より報告を受けることはあつたものの、就任以来一度も取締役会に出席したこともなく、殆んど訴外会社の業務には関与していない、いわゆる名目的取締役の立場にあり、訴外会社の経営等は訴外賢司に一切委ねていた。そのため訴外賢司の失踪も昭和五六年一〇月二九日午後七時三〇分ころ、訴外完治より聞いて初めて知り、更に原告の関係者らが訴外賢司の行方を探つていることもこのとき聞き知つた。

6  右にいたるまで及びその後の訴外賢司の知り得る行動は次のとおりであつて、その後の所在は判らず、生死も不詳である。

昭和五六年一〇月二六日頃、訴外完治に対し電話で訴外会社の衣浦工場における請負工事をするよう指示した。

同年一〇月二九日頃、被告に対し「今北陸の山の中にいる」等と電話したが所在を明らかにしなかつた。

同年一〇月三〇日頃、被告方に姿を現わしたが、被告方から電話で訴外日本車輌、同中央電気等に訴外会社の請負代金が自己の手もとに支払われるよう交渉していたが同日中に再び姿をくらました。

同年一一月一日、被告方に電話を入れ、原告が訴外会社の訴外日本車輌に対する請負代金債権の仮差押手続を進めていることなどを知らせてきた。

同年同月三日、訴外日本車輌の元木喜昭と共に名古屋市内の飲食店で原告会社代表者と会談し、妻美代子のこと、原告会社に対する債務、訴外日本車輌に対する債権などの処理について話しあつたが、突然激情的になつて何の合意も成立しなかつた。

同年同月六日、被告方を訪れ、再び妻美代子のこと訴外会社の継続など話しあつたけれども何の結論も出さずに行方をくらました。

同年同月一〇月頃、被告方に電話で「これですべて終つた。もう被告とも生涯会うことはないだろう。」などと云つてきた。

同年同月一二日頃、訴外日本車輛を訪れ、訴外会社の請負代金の自己への支払を求めた。

7  右のように訴外賢司が失踪をはじめ訴外会社が倒産するまでに被告が訴外会社に関しとつた措置についてみるに、前記元木、完治各証言、原告代表者並びに被告の各供述を総合すると次のとおりであり、これに加えうるものはない。すなわち、被告は前項記載のように訴外賢司と四回にわたり接触の機会がありこれに対応したけれども、賢司を住居にもどし若しくは所在を明らかにさせ、訴外会社の事業を継続、維持させるためその発注先である訴外日本車輛等や機材納入先の原告らと折衝させ、更に事業の施行をする訴外完治らと連絡せしめるための方策、努力をした形跡はなく、まして具体的な成果はまつたく見当らない。ただ、訴外賢司の意向をくみ、原告代理人弁護士鮎澤多俊が昭和五六年一一月四日電話連絡した際、同代理人がとつた前記債権仮差押手続を非難攻撃しその解除を迫り、また同月五日訴外日本車輛の訴外高橋に対し、訴外会社の工事請負代金は原告に支払わず訴外会社に支払うよう要請した事実は認められるが、右の努力もその意図するところは、主として、当面訴外完治らに対する給料の支払にあつたものと認められ、訴外会社の取締役として、その事業継続、維持のためにした行為とは認めがたいものであつた。

8  かくして、訴外会社経営陣は昭和五六年一〇月末より、その代表取締役はほとんど失踪状態であり、取締役らはなす術を知らず、また現場の従業員は一部残務処理を除いてはその職務を持つことができず、結局訴外会社の事業の継続は不可能なまま推移し、昭和五六年一一月三〇日、手形の不渡りを出し倒産状態となると共に、昭和五七年三月一八日には被告の申立てにより破産宣告を受けるに至つている。

三1 以上二認定事実を基に被告の責任につき判断するに、本件における訴外会社のごとく小規模な同族会社において、これを実際上単独でとりしきる代表取締役が突如として失踪するといつた事態については、会社の取締役たる者は会社に対する忠実義務として、日常代表取締役の行動を監視監督し、このような事態の発生を未然に防止するよう努めると共に、かかる事態が生じこれがため訴外会社の存続が危ぶまれる状態に至つた場合には、会社を継続、維持させるための万全の措置を講ずる義務があるものというほかない。

2  しかるに前記認定事実によれば、被告は日頃訴外会社の代表取締役である訴外賢司の行動を特に監視するということなく、実弟である訴外賢司がその妻との夫婦関係が破綻し遂に失踪するという事態にも気付かず、同訴外人に訴外会社の経営一切を委ねて同訴外人の失踪といつた事態を迎え、更に右事態に至つた後も、度々訴外賢司と連絡を取りながら代表取締役として訴外会社を継続、維持するよう強く説得するといつたこともせず、失踪状態のまま放置し、また自ら取締役として取締役会を招集し適切な人物を新たな代表取締役として選出するなどの必要措置を講ずることなく訴外会社を放置し訴外会社は結局訴外賢司の失踪による事業停止といつた状態のまま、不渡り倒産、破産といつた事態を迎えたのであるから、被告には訴外会社の右倒産、破産につき故意又は少くとも重過失による取締役としての任務懈怠があり、訴外会社はそれを一因として倒産、破産したものというほかない。

3  これに対し被告は、いわゆる名目的取締役の地位にある者は、具体的には会社に対する忠実義務を負うものではない、と主張する。

しかしながら、いわゆる名目的に取締役の地位にある者であつても、会社に対し通常の取締役と同様の忠実義務を負うものというべきであるから(昭和四八年五月二二日最高裁判決、民集二七巻五号六五五頁、昭和五五年三月一八日最高裁判決、判例時報九七一号一〇一頁参照)、右主張は採用できない。

4  更に被告は、自分は訴外賢司に対する影響力を有せずその監視監督はできず、また自ら訴外会社の職種とは全く異なる内容を業とする訴外株式会社中京美術工芸製作所の代表取締役の地位にあり、ただちに被告自身が訴外会社の仕事に当り事業を継続することはできなかつたと主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、被告は訴外賢司の実兄であり、また訴外賢司が失踪後被告と数回にわたり連絡を取り話し合つていること、訴外会社は前記のような同族会社であることなどに照らしても、被告が同訴外人に対し事実上影響力を有していなかつたものとは認めがたい。そればかりでなく、前記証人元木喜昭、同角野完治の各証言及び原告代表者の供述によれば、訴外会社に電気工事材料を納入する側の原告の代表者及び工事請負を発注する側の訴外日本車輛の担当者らから、訴外会社の工事担当の訴外完治らに対し、訴外賢司の失踪直後の昭和五六年一〇月末から倒産にいたる間、引き続き従前の工事を行つてほしい旨、更に新たな工事をも行なつてほしい旨の申出もあり、訴外会社としては事業の継続、維持につき、対外的にはなんらの支障もなかつたものと認められる(材料納入側の原告の右申出はその取引の継続、売買代金回収の確保の現実的な目的のためである。訴外会社に対する債権仮差押手続と矛盾するものではない。)。してみると前記認定のとおり訴外会社の業績が当時順調に推移していたことに鑑みても訴外会社の事業の継続、維持は不可能ではなかつたと推認されるから、被告の右主張は採用しがたい。

被告は以上認定に反し、訴外会社の倒産は、原告、訴外高橋、同美代子らの共謀によるもので、被告と訴外賢司は訴外会社を継続すべく努めたが、原告らの妨害工作によりこれをなしえなかつたものであると主張し、被告本人尋問(第一、二回)の結果中にはこれに沿う部分が存在する。しかし、右主張のうち、原告に関する部分は訴外会社に対する二〇〇〇万円を超える売掛金を有する債権者が訴外会社代表者失踪という緊急事態にとつた当然の措置を非難するにすぎず、また訴外高橋、同美代子らとの共謀の点はまつたく根拠のない邪推にすぎず、右の被告本人尋問の結果中の部分は前記認定に照らしたやすく措信し難いというべきであつて被告の右主張は採用できず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

この他一件記録によるも、被告が訴外会社の事業を継続させるについてこれを不可能ならしめる特別の事情があつたものとは認められない。

5  以上によれば、被告は訴外会社に対し、取締役としての任務を懈怠し、訴外会社はこれを一因として倒産、破産に至つたものというべく、被告は訴外会社の右破産により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

四よつて原告の損害についてみるに、原告は前認定のとおり、昭和五六年一〇月末の時点で訴外会社に対し金二〇六〇万八三八六円の売掛債権を有していたところ、〈証拠〉によれば、訴外会社の倒産、破産により右売掛金は回収不能となり、破産手続の配当により金三六四万〇五三〇円の配当を受けたものの、右配当金を遅延損害金及び売掛債権元本に充当した残余の金一八五〇万二四七四円は最終的に回収不能となり、原告の損失に帰したことを認めることができる。

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浅野達男 裁判官神沢昌克 裁判官櫻林正己)

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